黄色の厚紙に描かれた黒一色の怪奇な幻想と特異な画法、そうです、いわゆる世紀末唯美主義の代表的な季刊誌『イエロー・ブック』の表紙絵であります。ペンと黒インキが白い紙の上に潔癖なまでに明晰な、正確無比の軌跡を描く幻想性豊かなビアズリーの絵を前にすると、誰でもその妖しい画面をに釘付けとなり、ただならぬ魅力にとらわれてしまうのです。
ビアズリーの最も豊かな幻想を盛った作品のうちの幾つかが掲載されている『イエロー・ブック』は1894年4月に創刊され、騒然たる話題を提供しました。それはひとえに、美術担当責任者としてだけではなく編集方面でも大きく関わったビアズリーの、繊細かつ病的な感受性に負うところが大であったといっても決して過言ではありません。
ビアズリーを一躍有名にした『アーサー王の死』の挿絵は、中性のロマンティックで牧歌的な物語世界に相応しい甘さと優しさを持つファンタジーであり、師と仰いだバーン・ジョーンズの影響が未だ随所にみられます。ビアズリーは同書のために、2年がかりで500枚に及ぶ挿絵を描きあげましたが、2年間というのは短命に終わったこの鬼才をしばるにはあまりにも長すぎました。ビアズリーは、『アーサー王の死』の完結、いやその進行とともに、急速にバーン・ジョーンズの影響から抜け出て、歌麿をはじめとする浮世絵やその他の影響の下に『サロメ』や『イエロー・ブック』、また後にシモンズとともに発行した『サヴォイ』などの、最もビアズリー的、と一般に考えられている様式を確立するに到りました。
性のファンタジーが他に類がないほどに横溢したビアズリーの作品を通して、ヨーロッパ世紀末の退廃振りをのみ見る人も少なくありません。しかし、1894年の『ニュー・レビュー』に発表された彼の文章を読むと、彼は広告や印刷物が都市を明るくする時代がくるだろうと確信をもって述べており、この“退廃的”であるはずの画家が、同時代のどんな芸術家よりも現実的に美術の未来を見つめていたことが判ります。一見官能的退廃を色濃く漂わせていたビアズリーは、今日のイラスト全盛時代の到来を早くも予見していたのです。
(参考文献:大森忠行「ビアズリーのイラストレーション」) |