1500年以前の印行本は、印刷文化史上で初期刊本(インキュナビュラ)と呼ばれて います。
ヨーロッパ各国でおよそ4万点にも及ぶインキュナビュラの中でも、とりわけ高く評価されているもののひとつに、ここでご紹介するシェーデル『世界年代記』(Schedel, Hartmann. Liber Chronica-rum. Nueremberg: Anton Koberger, 12 July 1493) があります。
一般に『ニュールンベルク年代記』と呼ばれている本書は、ドイツの医者・人文学者ハートマン・シェーデル (Schedel, Hartmann: 1440-1514) が、聖書をもとにして世界の歴史・地理に関する奇事・異聞を年代順に記述したもので、ドイツにおける最初の人文学的・学術的年代記としての栄に輝いています。
1491年12月29日にシェーデルの原稿が、出資者であるニュールンベルクの有力者ゼバルト・シュライヤーとゼバスティアン・カンマーマイスターの前に提示されてから2年を経た1493年7月12日に、この大冊は日の目をみることになりました。
326葉のフォリオ版で知られる本書の印行に当たったのは、初期印刷者の中でも最も幅広い活躍をしたアントン・コーベルガー(Koberger, Anton: 1440-1513) です。コーベルガーは、12種のラテン語聖書と1種のドイツ語聖書を含む236種の書物を製作したニュールンベルク最大の印刷業者であり、特に挿絵・レイアウトを担当したミカエル・ヴォルゲムート(Wolgemut, Michael: 1434-1519)とヴィルヘルム・プライデンヴルフ(Pleyden-wurff, Wilhelm:)の協力による多くの木版挿画の入った書物は、いずれも他の追随を許さない逸品ばかりであります。
この『世界年代記』も多くの研究がなされ様々なことが解明されてきました。
「両名の手になる1809個の挿画や地図がはいっているが、実際に使用された版木は645個にすぎず、これをいろいろに用い、例えば224人の皇帝や国王の肖像を示すのに、449個の版木を反復使用し、198名の教皇をあらわすのに28個、69の都市を示すのに22個の版木で間に合わせ、トロヤ王パリスの肖像に用いた版木を、そのままイタリアの詩聖ダンテに流用し、ギリシアやシリアの城市はそのままフランスやドイツの都市として再用され、旧約時代の物語に、中世のイタリアの都市の絵がのせてあったり、いろいろの混乱が見られる」(『洋書百選』京都外語大学附属図書館刊)
また、シェーデルのテクストは『年代記補遺』や『聖地巡礼』からの引用が多く、資料としてはすぐれた物とは言いかねる部分があります。しかしそういったことをふまえても、1809個もの美しい木版挿画を含むこの大冊は、ニュールンベルク最大の印刷業者コーベルガーの手になる数々の印行書の中でも、最高の傑作といえるものであります。
当時、本書の挿画家ヴォルゲムートの工房には、後に大家となる青年アルブレヒト・デューラー(Duerer, Albrecht: 1471-1528) が働いていました。
彼が直接この仕事に関わったという明確な根拠は立証されてはいませんが、13才の頃から早熟な才能を見せていたデューラーがこの一代プロジェクトの準備や下絵を描いていた可能性は大いに考えられ、彼の手になる木版画が少なからず含まれているものと示唆されています。デューラーが版木を直接刻んだと思われる何点かはあの力強く、ダイナミックな線にあふれており、それによって本書の価値が一段と高められているとすることも、本書の研究に深みを与えていることでしょう。
|
|
ハートマン・シェーデル (Schedel, Hartmann: 1440-1514)
医師・著述家。ライプツィッヒ大学で文学、法学を学ぶ。のち、従兄ヘルマンの生き方に共鳴し、医師をめざしてマテオルス・ペルシヌスの医学講義を受け、医学の学位を得てドイツに戻り、医業に従事。1480年以降はニュールンベルクに住み、医業を続けた。
|
アントン・コーベルガー(Koberger, Anton: 1440-1513)
ニュールンベルク最大の印刷業者。印刷機24台、職工100人を擁し、ヨーロッパ各地に代理人をおいて手広く書籍販売を行う。コーベルガーの本の特徴は豊富な木版挿絵があることで、アルブレヒト・デューラーの師であったM・ヴォルゲムートとW・プライデンヴルフの両名のすぐれた画家の協力によるところが大きい。220点以上の書物を刊行した。
|
|
|