interview001:雄松堂デラックスファクシミリ版『アメリカの鳥』

1冊24kg!一人では開けない本

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―本当に大きな本ですねー!ファクシミリ版の大きさ、重さはどれくらいなんですか?
松野:縦1m、横68cmあります。重さは、全4巻のうち一番重い本で約24Kgです。畳半畳くらいありますので、運ぶときはいつも2人がかりです。
 
―移動するのも一苦労ですね。どうしてこんなに大きんですか?
松野:作者のオーデュボンが収録されている図版のすべての鳥を実物大で描いたからです。ダブル・エレファント・フォリオという大判の紙に、自然の中で活動する鳥たちの姿をいきいきと描いているところが『アメリカの鳥』の大きな特徴です。それまでの博物画は標本を元にして描かれることが多かったため、当時としても画期的だったようです。
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―大きな鳥を実物大で表現するのにこの大きさが必要だったということですね。ところで、そもそも『アメリカの鳥』はどういう本なんですか?
松野:ジョン・ジェームズ・オーデュボン(1785-1851)が、10年以上かけて完成させた、北米の鳥の図版435枚を『アメリカの鳥』(The Birds of America)といいます。オーデュボンはフランス領サント・ドミンゴ島(現在のハイチ)に生まれた人で、画家であり博物学者でもありました。18歳のときにアメリカに移住し、フィラデルフィア近郊の父親の農場を手伝いながら、大好きな鳥の絵を描きためて画集の出版を夢見ていました。出版社探しには苦労し、1827年、42歳の頃にようやくイギリスの出版社で刊行に至りました。
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―絵を描き始めてから出版まで、ずいぶんかかったんですね。
松野:刊行期間もそれからさらに11年続き、1838年に完結しました。当時の出版の形式は本の形ではなく、図版を5枚1組にして定期的に出していくというもので、購入者はバラバラの図版にそれぞれ好きな製本を施していました。刊行の際の鳥の組み合わせも決まっていて「大きい鳥2枚、中くらいの鳥1枚、小さい鳥2枚」を必ずセットにしていたようです。5枚セットが合計87回出されました。
 
―鳥の組み合わせも決まっていたとはおもしろいですね。大きな鳥に目が行きがちだけど、小さな鳥もいいですよね。大きな紙とのコントラストでかわいさが際立ってて。
松野:1枚1枚見てみると、かわいらしい鳥もたくさんいるんですよ。ぜひ多くの方にご覧になっていただきたいです。
 

ドリーム・チーム結成 4か月の苦闘の末に

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― さて、そんな『アメリカの鳥』をいざ復刻!というわけですが、このプロジェクトの開始はいつですか?
松野:2013年11月です。翌2014年はペリーが来航して160周年にあたる年です。ペリーは来航の際、徳川将軍に『アメリカの鳥』を献上したんです。また今回の復刻に使わせて頂いた原本を所蔵している明星大学の開校50周年の年でもあったために、このタイミングでスタートしました。『アメリカの鳥』復刻は、雄松堂書店新田会長の長年の夢でもありました。
 
―とても大きなプロジェクトですよね。4社協同と聞いてますけども。
松野:撮影・印刷を大日本印刷さん、用紙を竹尾さん、製本を大入さんにお願いしました。それぞれ、各分野の一流の会社であり、匠でいらっしゃいます。このプロジェクトではそうした「日本の匠の力」を結集させたかったのです。
 
―製作はどんな過程で進んだんですか?
松野:まず、所蔵元の明星大学にお願いして原本を撮影させていただきました。撮影は明星大学の稀覯書室で行いました。同時進行で紙の手配、装丁デザインも進めました。撮影を終えたあと、印刷用の製版データを作成し、色校正をしました。それから印刷し、同時進行でインデックス(収録されている鳥のリスト)を製作しました。印刷した紙は丁合(ちょうあい)といって製本する順番に印刷紙を並べる作業のあと、製本して完成に至りました。
 
―いろんな工程を経て完成するんですね。中でも苦労したところは?
松野:色校正です。色校正とは色が正しく出ているかをチェックする作業なのですが、印刷で思い通りの色を出すのは難しいんです。鮮やかに出なかったり、赤くなってしまったり…。とくに青色を出すのに苦労しました。435枚の印刷された図版を一つ一つ原本と見比べる作業を3回、ものによっては4回繰り返しました。校正用の紙で2回、本番用の紙で最終チェックという流れです。校正紙と本紙では色の出方が異なるので、本紙に印刷して初めて分かることもたくさんありました。

松野さんイチ押しの鳥がこちら。プレート番号62 Passenger Pigeon リョコウバト オーデュボンがアメリカに移住した頃は大群をなして空を飛んでいたが、食用となり乱獲されあっという間に絶滅した。

松野さんイチ押しの鳥がこちら。プレート番号62 Passenger Pigeon リョコウバト
オーデュボンがアメリカに移住した頃は大群をなして空を飛んでいたが、食用となり乱獲されあっという間に絶滅した。


 
―435ページを3回ですか!相当な数の鳥を見たんですね。さながらバードウォッチャーですね。
松野:そうですね。スケジュールにもゆとりはなかったので時間との戦いでした。大日本印刷のオペレーター3名、校正担当の方2名と一緒に明星大学の稀覯書室に缶詰になり、来る日も来る日も鳥を見比べる日々が約4ヶ月続きました。
 
―地道な作業…僕には無理だな(笑)でもその苦労によってこのクオリティで再現できたわけですね。
松野:それもありますが、やはり大日本印刷の撮影技術、印刷技術の高さのおかげです。撮影には8千万画素のカメラを使用し、原本の細かい色までひろって再現しました。印刷は今回、オフセットの4色印刷で特色は使っていません*。それでいて豊かな色彩が表現できたのは、デジタルデータ処理の精密さと、印刷現場で最終的に施された職人技とも言える色調整技術の賜物だと思っています。

    *印刷にはCMYKの4色をかけ合わせて表現するフルカラー印刷と、あらかじめ決まった色にインクを調合する特色印刷があります。それぞれ特徴があり用途で使い分けますが、一般的にフルカラー印刷で微妙な色を表現するのは難しいとされています。

 

用紙はなんと特注。紙の重みで製本難航…

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― 紙によって色の出方が異なるらしいですけど、印刷に使用した用紙はどんなものを選んだんですか?
松野:既製品ではなく、この本のために竹尾さんにお願いして特別に漉いてもらいました。印刷の適性を見ながら、何度も紙を漉きなおしてもらいました。空気を多く含ませており、低密度で軽く、しなやかで開きがよいのが特徴です。表面は非塗工ですが、スムースで印刷適性をあげてあります。インクが多くのるので印刷面の照りを抑えられ、原本に近い質感がだせました。

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―特別仕様の紙!ゴージャスですね。装丁へのこだわりは?
松野:装丁デザインのコンセプトは「シンプルに堂々と」でした。本紙の重さとのバランスを考えて、重量感のある木製の表紙にしました。縁の部分を斜めにカットしたり、角の金の箔押しやタイトルラベルの部分を浅く彫ってくぼませ、立体感を出すなど、細部にもこだわっています。
 
―製本には苦労したらしいと聞いたんですが。
松野:本紙と表紙との重さのバランスに苦労しました。当初はなるべく軽くしたかったため、大入さんにお願いして表紙を桐製でやってみたのですが、本紙のほうが重くてバランスがとれませんでした。本紙の重さを支えることができなかったんです。そこでベニヤ板を二重に重ねあわせ、さらに木目の方向もさまざまに組み合わせることにより、反りにくく、また重すぎず、軽すぎず、丁度いいバランスに調整してもらいました。

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―これだけ大きい本はベテラン職人でも初めてだろうし、手さぐり状態だったんでしょうね。
松野:まさに試行錯誤でした。製本は一冊ずつ職人の手作業で行うのですが、製本作業も大きさが大きさだけに通常よりかなり重労働になります。例えば本の背の部分を丸くするためには綴じた本紙の背の部分をハンマーで叩くのですが、なにしろ背が1mありますから、大変な作業だと聞いています。『アメリカの鳥』は受注生産なので、大入さんの製本の仕事は現在も続いています。
 
―その他、やってみて分かったことは?
松野:印刷後の丁合作業に予想外に時間と労力がかかったことです。通常、本は16ページで一組になっていて、丁合はそれを機械で順に並べていくのですが、今回は紙のサイズが大きく機械に入らないため、1枚1枚バラバラのものを手作業で一つずつ積み重ねていかなければなりませんでした。その手間と時間は誰も事前に予測できなかったです。丁合作業は別の製本所にお願いしました。印刷紙を直接重ねるのではなく、間に薄様紙を挟むので、この薄様紙は押さえていないとふわふわ飛んでしまうので、作業は大がかりな7名体制でした。
 

ペリーからの献上品をぜひ一度ご覧ください!

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―実に多くの山を乗り越えて完成したんですね。第一号ができあがったのはいつですか?
松野:2014年9月です。プロジェクト開始から10か月後でした。
 
― はじめて完成品を見たときはどんな気持ちでしたか?
松野:思った以上に重厚感のある素晴らしい仕上がりだったので、とにかく関わってくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいでした。一人で出来ることではないことをあらためて痛感しました。
 
―いろいろなところから取材がきているし、図書館総合展やワールド アンティーク ブック プラザ(丸善日本橋店3F)など、展示も盛んにやってますよね。刊行後の反響はどうですか?
松野:反響は非常にいいですね。誰もがこの本を見て驚きます。話題性は大いにあると思います。

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―そういう反響を間近で感じられるのは作り手として嬉しいですよね。プロジェクトを終えて伝えたいことはありますか?
松野:『アメリカの鳥』は、ペリーが来航した際、将軍への献上品として持ってきたものの一つで、日本とも関わりの深い作品です。しかし、日本人はそのことを意外に知らないことに気がつきました。私自身もこの仕事にとりかかるまでは知りませんでした。このファクシミリ版に触れることで、開国後から現代にいたるまで、日本がどのような歴史を歩んで来たのか、もう一度振り返ってみるきっかけになればと思います。
また、電子書籍、データベース、インターネットなどデジタルが普及する時代であるからこそ、日本の匠が結集して時間をかけて手作業で一つ一つ作りあげた本物の本の良さ、温かみを感じて欲しいと思います。
 
―最後にこの商品の一番の魅力を一言で表してください。
松野:あの時代にオーデュボンが愛した鳥たち、草花、自然を、実物大の迫力で間近に体感できること。
 
―ありがとうございました!
 
2015年4月
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2015/7/10追記:竹尾さんのWebサイトにて『アメリカの鳥』が紹介されました!素敵なページですのでこちらもぜひご覧ください。
>>現代に蘇った 19世紀末の博物図譜 ─The Birds of America