オックスフォード古本修業 Part VIII

中島俊郎氏(甲南大学文学部教授)
1949年に生まれる。甲南大学大学院人文科学博士課程英文学専攻単位取得。オックスフォード大学コーパス・クリスティ・カレッジ研究員(1997-1998)。現在、甲南大学文学部教授。著書に『イギリス的風景―教養の旅から感性の旅へ』(NTT出版)、『近代東アジア文化とプロテスタント宣教師』(共著、国際日本文化研究センター)、Lewis Carroll et les mythologies de l'enfance (共著、 Presses universitaires de Rennes)、編訳書キース・トマス『歴史と文学―近代イギリス史論集』(みすず書房)、翻刻書ビートン夫妻編『英国婦人家庭画報―1852-56年 全4巻』、マリオ・プラーツ編『イギリス文化・文学論集―歴史と芸術の饗宴 全10巻』(ユーリカプレス)など。最近の著作に本HPの内容を発展させた『オックスフォード古書修行』(NTT出版)がある。また今春に刊行した翻訳書、ルーシー・ワースリー『暮らしのイギリス史』(NTT出版)は書評で「カルチャースタディーズの必読書」とうたわれた。

 

愛書家が牧場で見る夢は…

オックスフォードの牛乳を飲めば利口になる?

オックスフォードの牛乳を飲めば利口になる?


学都オックスフォードには農地も広がっている。牛を飼っている大きな牧場がキャンパス近くに点在している。乳牛に牧歌をそぞろおぼえるような酔狂な人は皆無だろう。初夏にはいちご畑が解放され、多くの人々がしぼりたてのジュースやさわやかな甘さのアイスクリームを楽しむ。
 
草原の上に寝ころび、広がる青空を眺めていると、望郷の想いが募るのか、オックスフォードへ訪ねてきた明治以来の文人、作家、留学生に想いがめぐっていく――。
 

明治の留学生に寄せる想い

禿木随筆 改造社、1939

禿木随筆 改造社、1939


上田敏、島村抱月、平田禿木、矢野峰人などの英文学者の名前が即座にあがり、所属していたカレッジ、研究対象への想いがさらに連なっていく。なかでも禿木、平田喜一のオックスフォード留学は、文学史家もそれほど話題にしないのはなぜだろうか。漱石のロンドン留学については研究書が何冊も出ているというのに片手落ちではあるまいか。
 
ところで、このような英文学者がどのように研究をすすめていったか、その一端を示す古書がつまった書棚を見てみたい誘惑にかられるのははたして私だけであろうか。
 

禿木とは誰ぞや?

平田禿木 1873-1943

平田禿木 1873-1943


その前に、禿木とは?
 
今日の若い人たちには禿木という雅号に違和感を少なからず覚えるだろう。「はげき」と読む人も出てきそうだ・・・。
 
まず読み方。「ヒデキ、トクスイ、カムロギ」などと様々に呼称されて困惑したとご本人も述懐している。ラジオ放送でアナウンサーから「トクギ」と紹介され、「出鼻をくじかれた」失意も味わったという。旅に出た風光明媚な江ノ島の風景から、「禿木無心無言禅」の一句が浮かび、そこから「トクボク」とつけた。
 

引きこもって翻訳三昧

堂々たる訳業!

堂々たる訳業!


早くも明治初頭に『文学界』のロマン派運動に駆け参じ、藤村、一葉などと文運を高め、キーツやペイターを麗筆にのせて紹介した。創作の世界で華々しく活躍するかと期待されていたが、後年は翻訳の世界に生息するようになった。田端で近所に住んでいた芥川龍之介は禿木を「瀟洒な人」とみなし、そのイギリス文学を中心とする訳業を高く評価していた(「平田先生の翻譯」、大正14年)。福原麟太郎によれば、帰国後、「ワラ屋根の田舎家に住まって一歩も家から出ない翻訳ばかりしていた」という(「平田禿木先生のこと」昭和47年)。
 
「世に背いた」禿木は英文学の代表作品を数多く訳出しているが、売れっ子の翻訳家であったため、「サッカレーの校正が雨の降るように殺到する」と自ら述べているように『虚栄の市』『ディヴィッド・カッパーフィールド』『エゴイスト』など大作を陸続と訳した。
 

蔵書目録に舌なめずり

禿木にはイギリス文学をテーマにした名エッセィが数多くある。そのような佳品に「エドマンド・ゴス文庫」(『英文学散策』、昭和8年)なる一文があり、私はつねに愛読してきた。禿木は作家、研究者の蔵書目録をこよなく愛し、それは


    「鉄道案内の旅行家における旅行書の如きもので、一見乾燥無味の文字、数字の羅列とみえて、実はこの上もなき心の慰めである」

と説く。そして、


    「…著者、表題に対してわが愛読の集を思い、未だ味はぬ心の糧に対して覚えず舌なめずりするなど、人知れぬ楽しみに、冬の夜長も雨の日でも、つれづれの思いなく過ごされるのである」

と、蔵書目録を読む歓びをそこはかとなく語ってくれる。

エドマンド・ゴス

エドマンド・ゴス

 

本の虫の食指が動くとき

本との出会いは曰く言いがたい。
 
本が本を呼ぶというが、求心力のもとへ引きつけられるというのは摩訶不思議な事実である。オックスフォードの中央通りにあった古書店が店をたたむという。押しかけたどの客も殺気だっている。在庫整理本のなかに禿木が言及していた『エドマンド・ゴス文庫』(1924)が混っていた。無関心をよそおって棚から取り出した。禿木への想いから、またゴスを中心とする文壇資料として少々値が高かったが求めることにした。
 
T.S.エリオットが「最後の文壇人」と呼んだゴスには文学者の知友、友人が多かった。また、この目録そのものが偽造本づくりの名人、あのトマス・ワイズに捧げられているのをみても、相当な愛書家であることが分かる。生涯、大英博物館の図書部、商務省の翻訳局、上院の図書館と、文字通り書物の世界で生きてきたゴスは、まさに「本の虫」であった。本の虫は100冊以上の研究書、詩集、翻訳、随筆などを生み出し、エドワード・ガーネットとの共著『イギリス文学史』全4巻にお世話にならなかったイギリス文学の教師はいないのではないか。

頭も両腕も鍛えられる大部な文学史

頭も両腕も鍛えられる大部な文学史

 

そこは珍本、奇本の森であった!

ゴスが初めて入手した稀購本はアイルランドの劇作家トマス・サザーンの『ペルシャの王子』(1682年)の初版本であった。それ以来、蒐集した珍本奇本が目録には数多く混じる。洞窟の宝物のような趣がある。
 
わが近松門左衛門の浄瑠璃『源氏烏帽子折』(元禄12年初版)まで収録され、「日本のシェークスピアの筆になる英雄義経の幼年時代を描いた史劇で、…欧米広しといえどもこの一本しかない、本国の日本でも珍書に属するであろう」と1902年、『日本文学史』を書いたアシュトンが注釈をはさんでいる。さらにページを綴ると
 
「この本はいくらほど値がつくであろうか!?」
 
と唖然として空を仰ぐしかない本が惜し気もなく並んでいる。たとえばオスカー・ワイルドの『サロメ』は1893年パリ刊行の初版本で、ワイルドの自筆署名と「この本はあなたの書棚に架蔵されて幸福である」とワイルドが認めた手紙がそえられているという具合である。

『サロメ』空を仰ぐか踊るしか・・・

『サロメ』空を仰ぐか踊るしか・・・

 

この子にしてこの父あり

『P. H. ゴス書誌』Get!

『P. H. ゴス書誌』Get!


さて、エドモンドには有名な父がいた。父親フィリップ・ゴスはヴィクトリア朝の海洋学者として有名で、水族館の普及に尽力した。この親子の確執を描いた『父と子』(1907)は自伝文学の白眉であり、私はその父がどのような本を著したか、つとに関心をいだいていた。
ダーウィンの進化説に対抗して「創造説」を唱え、自滅していった悲劇の主でもある。だが、同様にヴィクトリア朝きっての博物学者で、その著述には精妙な図版がついているので、ファンが少なからずいる。その全貌をつかむことができる『P. H. ゴス書誌』も同店で入手できたのは幸福である。
 
これで親子2代にわたり、蔵書の内容をうかがうのが可能になってきたわけである。

 

非科学的な科学の神秘

フィリップ・ゴスは敬虔なキリスト教徒であり、聖書を文字通り信じていた(信じたいと願っていた)。顕微鏡で拓かれた海洋の世界はまさに神の恩寵にほかならず、古代からの人間技とも思えぬ奇跡は、ゴスにとって神の御業そのものにほかならない。海洋学者ゴスの本には神秘がまがまがしくおどっている。
 
稚気あふれた、こうした科学精神があってもいいのではなかろうか。神なき自然が到来しないかぎりは―。

神秘の世界に舞うくらげ

神秘の世界に舞うくらげ

 

3度目?本は本をよぶのである!

『海賊文庫』300部限定版の136番目本

『海賊文庫』300部限定版の136番目本


あの古書店の閉店から半年くらいたった頃であろうか。ロンドンはブルームズベリー界隈にある古書店の閉店セールに立会った。かつて大英博物館周辺は古書好きのパラダイスであったが、それはもう昔の話。高額の家賃のため、とても古本屋では商いが成立しないという。そんな黙示録の声か、またゴスの蔵書目録と巡り合ったのである。
父フィリップの蔵書かと思ってページをめくると、祖父と同名の、エドモンドの息子の蔵書目録である。題して『海賊文庫』(1926)。これまた珍書満載の海賊書コレクションになっている本書は、300部限定版の136番目本である。父親エドモンドが短い「序文」を寄せている――


    祖父はブラジルの森林からランを集め、父は詩集を、そして息子は海賊本を蒐集した」

蔵書収集に命をかけろ

蔵書収集に命をかけろ


「祖父はブラジルの森林からランを集め、父は詩集を、そして息子は海賊本を蒐集した」
生涯をかけて、このように本にとりつかれ、本を集めた三代の人たちを愚かといやしむか、はたまたあっぱれと尊敬するか…。
私はというと、少なくともこの三人に限りない愛着を感じてやまない。