オックスフォード古本修業 Part IX

中島俊郎氏(甲南大学文学部教授)
1949年に生まれる。甲南大学大学院人文科学博士課程英文学専攻単位取得。オックスフォード大学コーパス・クリスティ・カレッジ研究員(1997-1998)。現在、甲南大学文学部教授。著書に『イギリス的風景—教養の旅から感性の旅へ』(NTT出版)、『近代東アジア文化とプロテスタント宣教師』(共著、国際日本文化研究センター)、Lewis Carroll et les mythologies de l'enfance (共著、 Presses universitaires de Rennes)、編訳書キース・トマス『歴史と文学—近代イギリス史論集』(みすず書房)、翻刻書ビートン夫妻編『英国婦人家庭画報—1852-56年 全4巻』、マリオ・プラーツ編『イギリス文化・文学論集—歴史と芸術の饗宴 全10巻』(ユーリカプレス)など。最近の著作に本HPの内容を発展させた『オックスフォード古書修行』(NTT出版)がある。また今春に刊行した翻訳書、ルーシー・ワースリー『暮らしのイギリス史』(NTT出版)は書評で「カルチャースタディーズの必読書」とうたわれた。

垂水書房をご存知ですか?

本の街神保町

本の街神保町

神保町を歩いていると、『吉田健一著作集』の端本がうず高く積まれていた。いわゆるゾッキ本で、定価の二割くらいの均一で売られていて、版元は「垂水書房」と書かれていたが、神戸に住んでいる私はたちまち同名の港町を思い出し、この街の出身者が営んでいる出版社なのかと、のんきなことを考えたりした。
 
この出版社は英語・英文学に特化していて「英語上達シリーズ」なる面白い双書をだしていた。吉田健一の『英語上達法』もその一冊で、「英語の達人が英語について放談する楽しい英語雑記帳」とある。さらに「英語の魅力は英語についての奇妙なコンプレックスから我々を救ってくれることであり、そこから英語上達の道は開ける」と宣伝文句が歌われている。ひょっとするとこの惹句は吉田健一ご本人が書いたのではなかろうか。何やら吉田節がただよっている。

 

味わい深い箱です

味わい深い箱です


また「英語英文学シリーズ」なる双書も出していて、福原麟太郎の『昔の町にて』もこのなかの一冊である。先の震災で多くの本を失ったが、この随想集だけは残り、今も時々、ページを開いてみる。このなかに「ロンドンの古本屋」という一文があり、何回読んでも面白い。

 

同病相哀れむではないけれど

古書の山

古書の山

珍本を発見し、忘れがたい本とめぐり合ったという、書物随筆によくある珍談奇談などこのエッセイにはまったくない。むしろ、雑書のなかから貴重本を容易に見つけだす詩人ブランデンの才能を横目にみて、「私などそういう離れ技を一度もできなかった」と正直に嘆いてみせる。ロンドン中の古本屋を好きな本を求めてわたり歩くのだが、特筆すべきは何もなし、なのである。もうどれくらい本の背を眺めたであろうか…。
 
この一文そのものは、昭和10年に『書物展望』に発表された。タイトルからして古本好きが集う雑誌だが、何も掘りだしのない、平凡な文章に古本好きはひそかに同感の笑みをもらしたことであろう。というのも、古本好きは本探しの大半が徒労に終わることをよく知っているからだ。それゆえに共感もわくというものである。私のワイト島での古書探求も無為にくれた連続であった。

 

美しきワイト町での素敵な出会い

ワイト島の町並み

ワイト島の町並み

そもそも本探しで探求の書とめぐり合う僥倖はうれしいものだが、書店との出会いも忘れがたい。それは滅多に起こらないからである。オックスフォードでキース・トマス先生の指導のもと、「ワイト島の文化史」を作成していたときのことである。先生は古文書館での資料探索の仕方から郷土史の読み方にいたるまで詳しく教えて下さった。とにかくワイト島文献を集めなくては話にならない。ロンドンの目ぼしい古本屋、とくに郷土史に強い店は軒並み訪問し関連書を購入し、情報をえた。それによると、やはり、地元のワイト島で店をかまえるVいう書店がもっともよく関連書をそろえているという。ワイト島は夏がよく似合い、美しい景観に富んでいる。

針のような島

針のような島

奇岩

奇岩

ヴィクトリア朝のワイト島

ヴィクトリア朝のワイト島

女王の葬儀

女王の葬儀

垂涎の『ワイト島史』

垂涎の『ワイト島史』

そこでワイト島にある古書籍を扱う店すべてあたろうと、店舗はもとより個人業者の私宅まで一週間の予定でまわる計画を立てた。そして、最後にV書店を訪れる予定であった。古い文献をもっていても、譲ってくれるどころか、コピーもさせてくれないケチな考古学者が少なからずいて、四、五日過ぎた頃には美しいワイト島の自然もくすんできた。ヴィクトリア女王がここで崩御し、ロンドンへ向かったことを思い出した。
 
最後にV書店へ行き、ワイト島文献探索の苦労をこれでもか、というくらい吐き出した。温顔の夫妻は黙って、東洋からきた古本好きの話をきき、たえず首を縦にふってくれた。そして最後に、「そんなにワイト島の本が欲しいなら、屋根裏の倉庫を気がすむまで掘り返してもよい」と信じられないような申し出をしてくれたのであった。

 

これだから東奔西走やめられぬ

『ワイト島風景誌』

『ワイト島風景誌』

美しい図版

美しい図版

オックスフォードの製本屋

オックスフォードの製本屋

目の前には膨大な本の山がそびえていた。蜘蛛の巣だらけの書庫を想像していたが、じつに整理されていて、これまで入手できなかった一冊と、関連の小冊子、地図を数点入手した。頭を深くたれ、感謝の念を伝えた。最後にどうしても必要なリチャード・ワースレーの『ワイト島史』(1781年)はないでしょうか、と尋ねてみた。ロンドンのオークションでも出品されず、私たちも探しているがまず手に入らないとのこと。
 
またの機会を期し、本土へ戻るフェリー乗り場へ急いだ。出航までまだ30分ほどあった。所在無さのあまり、手にするのもはばかれるほど毒々しい土産物が並んでいる雑貨店に入った。店の隅にヴィクトリア朝時代のワイト島観光ガイドブックが二、三冊並んでいる。あり得ないだろうと思いつつ、『ワイト島史』は「持っていないだろうね?」と問うと、二冊あるという。
 
信じられない思いに陶然としていると、目の前に大きな二冊がつまれた。美本の方は祖母からゆずられたもので、娘に継がせたいから売れないという。汚い方なら売ってもいいというのである。頭の中は数字がかけめぐったが、もういくら提示されても出すつもりでいた。決して安くない値段であったが、ここでケチれば一生悔いが残るだろうと思い、即座に購入した。目もくらむ美しい図版が満載だ。報われた思いがこみ上げてきた。
 
帰宅後数日して、オックスフォードはセント・マイケル・ストリートにある製本屋へ飛び込んだ。満身創痍の書物をみごとに再生させてくれた。数年後、この製本屋を訪れると自転車屋に代わっていた。でも、製本してくれたこの本に技術のすべてはこもっている。だから1834年開業の老舗は私の中で生きつづけている。