収録タイトル著者名一覧(アルファベット順)
クリックすると各タイトルの詳細をご覧になれます
|
| No.1: |
BAR, Carl Ludwig von |
| No.2: |
BARTOLUS de Saxoferrato |
| No.3: |
BEALE, Joseph H. |
| No.4: |
CHESHIRE, Geoffrey Chevalier |
| No.5: |
DESPAGNET, Frantz |
| No.6: |
FIORE, Pasquale |
| No.7: |
FOELIX, Jean Jacques Gaspard |
| No.8: |
IUS COMMUNE |
| No.9: |
JITTA, Daniel Josephus |
| No.10: |
LASALLE, Ferdinand |
| No.11: |
LAURENT, Francois |
| No.12: |
LOMONACO, Giovanni |
| No.13: |
MEILI, Friedrich |
| No.14: |
NIEMEYER, Theodor/KAHN, Franz |
| No.15: |
PHILLIMORE, Sir Robert Joseph |
| No.16: |
RABEL, Ernst |
| No.17: |
ROCCO, Niccola |
| No.18: |
SAVIGNY, Friedrich Carl von |
| No.19: |
STORY, Joseph |
| No.20: |
TORRES CAMPOS, Manuel |
| No.21: |
WÄCHTER, Carl Georg |
| No.22: |
WALKER, Gustav |
| No.23: |
WESTLAKE, John |
| No.24: |
WOLFF, Martin |
| No.25: |
ZITELMANN, Ernst |
|
|
「ボローニャ市民がモデナにいる場合、彼はモデナ市民ではないので、モデナ市の条例によって裁くことはできない。…」アックルシウス(Accursius: 1185頃-1263)がローマ法大全の冒頭に加えたこの短い註釈が国際私法の理論の端緒である。
Accursiusによる「標準註釈」(Glossa magna)は、註釈者(glossators)の時代を代表する著作で、ユスティニアヌス帝が6世紀に編纂したローマ法大全に直接解説を加えたものである。この註釈は、法律書のさきがけであると同時に、17世紀まで法そのものと同等の権威を持っていた。
13世紀には、ボローニャ、モデナ、ピサ、パルマ、パドゥア、シエナなどのイタリアの諸都市において、市民に健全な法的基盤と法の衝突解決の根拠を与える都市条例が制定されていった。アックルシウスによって簡潔に提示された「異なる都市の市民間の法的紛争にどちらの法を適用すべきか」という問題は、商業の勃興に伴い複雑さを増した。都市によって商業の監督の仕方はかなり異なっていたからである。
最初の国際私法理論に相当するものは、主にペルージャで教鞭をとったバルトルス(1313/14-1357: No.2)によって形成された。Accursiusの註釈に対する包括的な注解の中で、バルトルスは「条例理論」(Statute theory)を展開し、その後も数世紀間にわたって最も重要な法的権威であり続けた。その注解は18世紀に入ってからも依然として引用された。またバルトルス以来のイタリア法学の権威、注解学派の論文(Baldus de Ubaldis, Paulus de Castro他)は、中世後期の状況を表しており、またこれらの法学者たちが彼らなりの視点から法的慣習の必要性を持っていたことを示している。
抵触法の発展の第二の段階は、近代、つまり16世紀から18世紀の‘Ius Commune’論文集 (No.8)が扱っている。当時のドイツでは領邦国家が各自で立法活動を展開して州法・都市法を制定し、それぞれ独自の体系的な判例を生み出していた。こういった法的分裂にも関わらず法の原理についての議論はヨーロッパ規模で行われ、共通認識の発生へと至ったことがこの時代の特徴である。法の抵触理論の発展は特に、‘Ius Commune’の法的境界を越えた解決法を引き出す機能からもたらされたものである。
第三の段階は19世紀に形成された。最初の基本的かつ体系的な著作は、ヨーロッパではなく、アメリカの法学者で最高裁判事であったジョセフ・ストーリー(Joseph Story: 1779-1845: No.19)によるものだった。しかしストーリーの伝記や本復刻シリーズ収録の『抵触法』初版からは、彼が‘Ius Commune’の法の原理に強く依拠していたかがかなり明確である。
Storyに続いて、イタリアの法学者ロッコ(Niccola Rocco: 1811-1877: No.17)が1837年ナポリで著作を刊行し、抵触法理論をめぐる国際的な議論に加わった。ドイツではパンデクテン法学者ヴェヒター(Carl Georg Wächter: 1797-1880: No.21)が、論文‘Archiv für civilistische Praxis’で‘Ius Commune’の観点から抵触法理論の批判的評価を行うことにより、新たな基準を設定した。ドイツ法の法典化が遅れていたため、パンデクテン法学の著作の中には特に重複する法的管轄権の問題への解答が多く含まれている。
近代抵触法理論の創始者、フランスの法学者フェリックス(Jean Jacques Gaspard Foelix: 1791-1853: No.7)に続き、最も偉大なドイツの法学者サヴィニー(Friedrich Carl von Savigny: 1779-1861:No.18)が1849年ベルリンで、抵触法理論に関する卓越した著作を刊行した。大作‘System des römischen Rechts’の第8巻として刊行され、‘Herrschaft der Rechtsregeln über die Rechtsverhältnisse’と題されている。
「抵触法」はあまりにも堅苦しく、「国際私法」は誤解を招く名称かもしれないが、サヴィニーの著作の後、国際私法という言葉は一挙に広まり、続く刊行物のタイトルにはこの名称が含まれるようになった。19世紀後半から20世紀初期にかけての、ヨーロッパ各国からの重要な貢献が本シリーズに収録されており、先行研究の受容の様子を示している。Lomonaco(No.12), Phillimore(No.15), Laurent(No.11), Westlake(No.23), von Bar(No.1), Despagnet(No.5), Torres Campos(No.20), Zitelmann(No.25) Meili(No.13), Fiore(No.6)といった著作を舞台として、また国際的な議論を経て、抵触法理論はさらに発展していった。国際的な法の抵触問題克服に関する法的専門性はこのような法律家によって証明され、それによって‘Ius Commune’の流れが維持された。
注解学派の条例理論にはじまりその後何世紀にもわたって継続した国際私法の歴史は20世紀には締めくくられ、Walker(No.22), Cheshire(No.4), Beale(No.3), Rabel(No.16), Martin Wolff(No.24)らの著作はこうした成果をまとめたものである。
本シリーズは、このような国際私法の発展の軌跡を概観する、13世紀から20世紀前半までの重要文献を包括的に復刻するものです。 |